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With You Joyous Times Are Here Ⅶ
『The Promise of Eglantine』~ある小さな王国の物語~公式サイト


Character Profile

シンシア王国第十八代国王、ケイゼル。
五百年続く平和国家の王として、彼は常に軽やかに、どこか滑稽に振る舞う。王冠を逆にかぶり、冗談を飛ばし、時には自ら転んでみせる。その姿は威厳とは程遠く、初めて彼を見る者ほど「本当にこの人が王なのか」と首を傾げるだろう。
だが、その軽さは無知や怠慢から生まれたものではない。
むしろケイゼルは、誰よりも国の重さを知っている王である。
国が緊張すれば、人の心は硬くなる。
恐れが広がれば、疑いが生まれ、疑いはやがて争いへと変わる。
だから彼は、あえて王らしくあろうとしない。
自らが笑われることで、民の肩から力を抜き、空気を和らげる。
王が軽ければ、国は重くならない。
それが彼なりの統治の形だ。
家族に対しても同じである。
娘マルセリーヌに向ける眼差しは、王としてではなく、ひとりの父としての温度を帯びている。
厳しい言葉より、冗談を。
命令より、信頼を。
彼は「守る」とは支配することではなく、安心できる場所を作ることだと知っている。
ただし、その裏で彼は決して目を逸らさない。
国境の気配、歴史の歪み、人の心の揺らぎ。
夜、ひとりになるとき、彼の軽さは静かに消え、深い沈黙と鋭い眼差しだけが残る。
その姿を知る者は多くない。
だが確かに、ケイゼルは見ている。
王として、父として、そして一人の人間として。
彼は今日もまた、笑顔の奥に、すべての重責を引き受けている。
Episode

ある朝、城の庭での出来事。
ケイゼルは花壇の前にしゃがみ込み、王冠を逆さにかぶったまま、真剣な顔で花を眺めていた。
通りかかった家臣たちは、また王の奇行が始まったと、半ば呆れ、半ば微笑んで足を止める。
そこへ、幼い頃の記憶を残したまま成長した娘が現れる。
マルセリーヌは溜息をつき、何も言わずに王冠を正しい位置に直した。
その仕草は慣れたもので、叱責でも忠告でもない。
ただ「いつものこと」として受け入れているようだった。
ケイゼルは何も言わず、花を一輪手に取り、胸に当てる。
それ以上の説明はしない。
娘もまた、それ以上は聞かない。
傍から見れば、何気ない、取るに足らない親子のやり取りだ。
だが、その場に流れていた空気は、驚くほど穏やかだった。
王と王女という立場を超え、ただ「信じ合っている者同士」の静かな距離が、そこにはあった。
別の日、夜の回廊でケイゼルは独り言のように呟いたという。
「王はな、強そうに見えたら終わりじゃ。
人は、強い者の前では本音を隠すからの。」
彼が軽さを選んだ理由は、恐れを集めないためではない。
本当の声が届く場所を残すためだった。
この王は、国を導く光ではない。
だが、灯りが消えそうな夜に、必ずそこにいる明かりのような存在である。
そして人々は、気づかぬうちにこう思うのだ。
――この王が笑っている限り、この国は大丈夫だ、と。
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