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With You Joyous Times Are Here Ⅶ
『The Promise of Eglantine』~ある小さな王国の物語~公式サイト


Character Profile

ツノフは、シンシア王国祝祭工房の大道具長である。
大柄で声がでかく、動きも豪快。一見すると細かいことを考えなさそうだが、実際は工房でいちばん現実を見ている男だ。
祝祭工房の仕事は派手で、無茶で、締切はいつもギリギリ。
そんな現場で事故が起きないのは、ほぼツノフのおかげと言っていい。
重さ、強度、導線、倒れた時に誰が下敷きになるか。
誰も考えたくないことを、ツノフだけが全部考えている。
ヒラムが「楽しそうだね」と言い、
ショーンが「理論的には可能です」と言い、
誰かが「まあ大丈夫だろ」と言った時、
ツノフだけは言う。
「それ、落ちたら死ぬぞ?」
その一言で、何百人もの命が救われてきた。
ツノフは職人だ。
見た目や派手さより、まず「安全かどうか」。
次に「誰かが怪我しないか」。
そして最後に「ちゃんと片付くか」。
祝祭の裏側を一人で背負う存在である。
だが本人は、まったく偉ぶらない。
むしろいつも文句を言っている。
「また無茶言いやがって」「俺は聞いてない」「重すぎる!」
それでも結局、誰よりも早く現場に立ち、最後まで残る。
ツノフは目立たない。
だが、ツノフがいなければ、祝祭は一度も成立しない。
派手な夢を、現実に着地させる役目。
それがツノフだ。
Episode

ある朝、ツノフは突然、宮廷工房を辞めると言い出した。
理由は単純だった。
「もう作りたくない」
ヒラムもショーンも言葉を失った。
ツノフは長年、段取りと安全と責任を一身に背負い、誰よりも現場を支えてきた男だ。
だが本人は、疲れ切っていた。
考えることにも、判断することにも、作ることそのものにも。
ツノフが求めたのは、作らない仕事だった。
考えず、決めず、ただ言われた通りに体を動かす仕事。
街で見つけた「薪割り作業員募集」の張り紙を見た瞬間、彼は即決した。
「割るだけ。最高だ」
転職初日、主任ガルダの説明は異様なほど細かかった。
立ち位置、足幅、斧の角度、呼吸の秒数。
ツノフは内心うんざりしながらも、黙って従った。
いざ薪を割り始めると、時間が驚くほど進まない。
汗はかく。薪は増える。
だが、何も残らない。
時計を見て、まだ三十分しか経っていないことに、ツノフは愕然とした。
そのうち、職人の癖が出た。
並べ方が気になる。
動線が悪い。
角度が無駄だ。
気づけばツノフは、薪割り場を効率化し、作業全体を改善していた。
結果、薪は大量に仕上がり、主任に褒められた。
だがツノフの胸には、何も残らなかった。
完成も、達成感も、喜びもない。
ただ「終わった」という事実だけがあった。
夕方、ツノフは斧を置いた。
そして何事もなかったように、宮廷工房へ戻った。
扉を開けた瞬間、ヒラムが言った。
「おかえり」
その一言で、ツノフは理解した。
自分は「作ること」から逃げたかったのではない。
作る責任を背負い続けることに、疲れていただけだ。
ツノフは工具を受け取り、静かに言った。
「ただいま」
それが、ツノフの転職のすべてである。
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