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With You Joyous Times Are Here Ⅶ
『The Promise of Eglantine』~ある小さな王国の物語~公式サイト


Character Profile

トムソンは、シンシア王国の宮廷厨房を預かる料理人である。
豪快で陽気、口も態度も大きく、細かい作法や格式にはほとんど興味を示さない。その一方で、鍋と素材に向き合う時の集中力は異様なほど高く、料理の話になると人が変わる。
彼にとって料理とは、仕事である前に「生き方」だ。
誰かに評価されるためでも、地位を得るためでもない。
ただ、作らずにはいられない。
その衝動に正直な男である。
トムソンは、自分の料理に慢心しない。
長年宮廷で料理を作り続けてきたにもかかわらず、「慣れ」を最も恐れている。昨日と同じ味を出せたとしても、それを成功とは考えない。素材に触れた瞬間、その日の状態、その日の気配を感じ取ろうとする。その感覚が鈍ったと感じた時、彼は強い不安を覚える。
彼の料理は技巧的ではない。
だが、嘘がない。
素材の力を信じ、火を信じ、自分の感覚を信じる。
だからこそ、彼は未知の素材や、常識外れの食材にも臆せず向き合う。危険や失敗の可能性を承知の上で、「面白い」「生きている」と感じたものに手を伸ばす。
トムソンは、理屈よりも体感を重んじる。
考えるより先に動き、迷うより先に試す。
その姿勢は周囲から見ると無謀に映ることもあるが、彼自身は自分の限界を理解している。危険を楽しむのではなく、素材の声を聞くために一歩踏み出しているだけだ。
宮廷厨房という安定した場所に身を置きながらも、彼の心は常に外を向いている。
新しい味、新しい感触、新しい可能性。
料理人として停滞することだけは、どうしても許せない。
トムソンは職人であり、探求者である。
そして何より、「料理が生きている」と本気で信じている男だ。
Episode

ある朝、トムソンは自分の作ったスープに違和感を覚えた。
味が悪いわけではない。
だが、どこか元気がない。
素材は揃っている。火加減も完璧だ。
それでも、彼の中で警鐘が鳴った。
「停滞している」
その感覚から目を逸らさず、トムソンは決断する。
山へ行く。
新しい素材を探す。
理由はそれだけだった。
ぷるぷる精霊ゼラたんは不安そうに震えながらも、ついて来ると言い張った。
寒さも熱も苦手な存在を連れての山行は、決して合理的ではない。
だがトムソンは、止めなかった。
山には、常識外れの素材が溢れていた。
形の定まらない根菜、触れると震える岩、風で揺れる茸。
トムソンは目を輝かせ、ゼラたんは悲鳴を上げる。
二人の温度差は激しかったが、奇妙な連携は成立していた。
やがて森の奥で、巨大な茸に出会う。
静かに脈動し、まるで心臓のように鼓動する存在。
危険だと分かっていながら、トムソンは迷わなかった。
「これだ」
そう直感した。
厨房へ持ち帰った茸は、想像以上に暴れ回った。
棚を跳び、鍋の間を駆け、ゼラたんを恐怖に陥れる。
厨房は混乱の極みに達するが、トムソンは興奮していた。
素材が、生きている。
その事実が、彼の感覚を呼び覚ましていた。
やがて茸は、大釜の前で静止する。
次の瞬間、自ら飛び込み、姿を消した。
残ったのは、形ではなく香りだけだった。
トムソンは、釜から立ちのぼる匂いを深く吸い込む。
そこに答えがあるのかどうかは、まだ分からない。
ただ一つ確かなのは、この一日が、彼の料理人としての感覚を確かに揺さぶったということだ。
この逸話は、完成の物語ではない。
探し続ける者が、再び歩き出した日の記録である。
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